「それもそうですわね」
ミリアも納得したようだ。
「まぁ……ミリアがいてくれれば、問題ないと思うけどさ」
俺がそう言うと、ミリアはぷくっと頬を膨らませた。
「か弱いわたくしに、いったい何をさせようというのですか……?」
「いやいや、か弱い女の子が王様をイジメたりしないでしょ」
「イジメてませんわ……」
ミリアは膨らませた頬のまま、ぷいっとそっぽを向いてしまったけれど、からかわれてるだけだと分かってくれてるようで良かった……。
「じゃあ治癒の薬と美容薬を作って帰りますか」
「はぁい♪ ユウヤ様」
ミリアは楽しそうに返事をした。
「ユウヤ様、本当にご婚約を?」
王様が、恐る恐る尋ねてきた。その声には、まだ不安が残っているようだ。
「え? あ……はい」
俺は曖昧に答えてしまった。
「ユウヤ様……なんですの、その間は?」
ミリアが不満そうに俺を見上げた。
「えっと……俺で本当に良いのかなと……ミリアはお姫様だったし」
王様より地位のあるミリアが平民の俺と結婚して良いのか? 結婚して俺はどうなるんだ? 不安なんですけど。その心配を王様がしてくれてるのか……? 俺の内心は、期待と戸惑いが入り混じっていた。
「ユウヤ様じゃなきゃダメなのです!」
ミリアはきっぱりと言い放った。その声には、一切の迷いがなく、強い意志が込められていた。
「だそうです」
俺は王様の方を見た。
「そうですか……ご婚約おめでとう御座います」
王様は、安堵したように言った。その顔には、重い荷を下ろしたかのような清々しさが見える。
「有難う御座います」
「ミリア皇女殿下。ユウヤ様を、うちの養子に致しますか?」
王様が、ミリアに提案した。ん?王様の養子?俺が王族になるの?意味が分からないんだけど?
「そうね……お願いできるかしら」
ん? ミリアさん? 何を言ってるの? 勝手にお願いしないで! 俺はミリアの言葉に、思わず目を見開いた。
「はい。喜んで協力させて頂きます」
王様は、深々と頭を下げた。
「え? 養子?」
俺は混乱して尋ねた。頭の中で、これまでの常識がガラガラと音を立てて崩れていく。
「はい。平民と皇女殿下は結婚は出来ないので……王族の養子となってから結婚をするのです。とは言っても王族の養子にも平民はなれないので貴族の養子にもなって頂きますが」
王様は丁寧に説明してくれた。
え……なにそれ、人間のマネーロンダリングみたいな感じじゃん。貴族の養子になり、そこから王族の養子になるという、複雑で異例のプロセスに、俺はただ呆然とするしかなかった。
「へぇ~……そう、それは……助かるよ。俺は分からないから……ミリアに任せるよ」
俺は半ば諦め、この常識外の状況をミリアに委ねることにした。いわゆる、丸投げをミリアにした。
「王様に任せて大丈夫ですわよ。次が無いとお分かりでしょうし」
ミリアは王様をちらりと見た。その視線に、王様はビクリと反応する。
あぁ、ミリアも……ここで一番立場が弱い王様に丸投げをしたみたいだな。
「はい。お任せ下さい……」
王様は、震える声で答えた。
兵士に案内されて薬の材料保管庫へ向かうと、「材料は自由に使って構わない」と告げられた。 棚には薬草や珍しい鉱石などが整然と並んでおり、見た目にも整備が行き届いていることが分かる。
ただ、まったく材料が減っていないと不自然に思われかねない。そこで俺は、使用したことにするためにいくつかの材料を適当に収納しておいた。――まあ、“代金代わり”ということで、ありがたくいただいておく。
その後、治癒薬と美容薬を大量に生成(というか“出現”)させ、それらを箱に詰めて保管庫に積み上げていった。しかし数が多すぎて途中で面倒になってきたため、箱詰めされた状態の薬を最初から山積みにした形で出現させることにした。
――こうして、山のように積まれた薬の箱が、保管庫の大部分を占拠するに至った。
「これくらいで良いですかね?」
王様に確認をすると、驚いた表情になって固まっていた。その目は、信じられないものを見るかのように大きく見開かれている。
「王様?」
「あ、は、はい。随分と大量に作って頂き有難う御座います」
王様は、ようやく我に返ったように言った。その声には、震えと、純粋な喜びが混じっていた。
事前に数人の兵士に、薬の使い方と注意点を簡単に説明しておいた。「詳しいことは、彼らから聞いてくれ」と俺が告げると、王様は深々と頭を下げた。
「はい。お役に立つか分かりませんが……王族でも一部の人間しか持てない王家の紋章の入った剣とナイフを、お詫びとお礼と——忠誠の証として差し上げます」
王様が跪き差し出してくるので、ミリアの方を向いて確認をすると、頷いていたので貰っておいた。これは実践用じゃなくて、豪華に装飾をされた装飾品の剣だよな……普段使い出来る剣が欲しかったかも。
「有難う御座います。帰る前に王都を見て回ろうか?」
「良いですわねッ♪ デートですわねっ♡」
ミリアは目を輝かせた。その顔は、期待に満ち溢れている。
「護衛をお付けしましょう」
王様がそう提案し、ミリアがちらりと俺の方を見て確認するように視線を送ってきた。
その仕草は、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめる子どものようで――けれど、そこには「わたしのもの」という強い意志がこもっていた。 レニアは、少しだけ目を伏せて、かすかに笑みを浮かべた。「……私のような者は、相手にされませんので。大丈夫です」 その言葉に、ユウヤは思わず言葉を詰まらせた。(いや……レニアは、十分可愛いと思うけど) 心の中でそう呟く。しかし、それを口に出してしまったら、目の前の状況がどうなるか、本能的に理解していた。「……ユウヤ様?」 にこぉっと満面の笑みを浮かべたミリアが、ユウヤの腕にさらにぎゅっとしがみついてくる。その圧力から、何らかの警告を感じ取った。(……あ、今、何か言ったら終わるやつだ) ユウヤは、何も言わずに、ただただ高く広がる青空を見上げた。穏やかな風が吹き抜け、ミリアの豊かな金髪がふわりと揺れる。その動きに合わせて、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。「この近くに住んでるの?」 ユウヤの問いかけに、レニアは小さく頷いた。「馬車で三十分ほどのところに、小さな村があります。王都の外れにある農村で、私の家が治めています。農産物の供給地として、王都にも野菜や穀物を届けているんです」「そうか……多分、治ると思うけど、もし治らなかったら――」 ユウヤは、ちらりとミリアの方に視線を送り、彼女の表情を確かめてから、優しい声で続けた。「ミリアの屋敷に居るから、来てもらえれば俺が直接、治しに行くよ」 その言葉に、レニアの目がぱっと見開かれた。希望の光が、彼女の瞳の中で瞬く。「……ありがとうございます」 その声は、震えるほどに嬉しそうで――レニアの顔に、はっきりと希望の光が灯った。長い間、諦めかけていた父の病が治るかもしれないという、確かな希望だった。 けれど、その瞬間――「……ユウヤ様?」 ミリアが、にこぉっと笑いながら、ユウヤの袖をそっとつまんだ。その笑顔は柔らかいけれど、どこか拗ねたような気配が混じっている。「『ミリアの屋敷』って……まるで、わたくしのところに居候しているみたいな言い方ですわね?」「え、いや、そういう意味じゃなくて……」 ユウヤは慌てて否定する。「ふふっ、冗談ですわ。……でも、あまり他の女の子に優しくしすぎると、嫉妬しちゃいますからね?」 ミリアは、そう言ってユウヤの腕にぴたり
今は、髪も整えられ、ドレスも綺麗に着こなしている。けれど、その表情にはまだ、どこか不安が残っていた。「あ、あの……先程は、本当にありがとうございました」 少女は、ユウヤとミリアの前で深く頭を下げた。「あれは……ヒドかったしね」 ユウヤが静かに返すと、少女は小さく頷いた。「ホントに……助かりました。あのままだったら、きっと……」 言葉の先を飲み込みながらも、感謝の気持ちは確かに伝わってくる。ミリアも、そっと微笑んで言葉を添えた。「あなたは、何も悪くありませんわ。あの場で毅然としていたこと、わたくしは誇りに思います」 少女の目が、かすかに潤んだ。そして、もう一度、深く頭を下げる。「……ありがとうございます」 その姿に、ユウヤはふと、“助ける”という行為の意味を、改めて感じていた。「……いつものことですから、大丈夫です。み、ミリア皇女殿下だったのですね……」 貴族の少女は、少し緊張した面持ちで頭を下げた。ミリアは、にこやかに頷く。「はい。ミリアですが?それより――ユウヤ様のお陰で、いじめてくる人は居なくなったんじゃないのかしら?」「……はい。助かりました……」 貴族の少女の声は、かすかに震えていたが、その表情には、確かな安堵が浮かんでいた。 けれど、(……他にも、何か話したそうだな) ユウヤは、貴族の少女の視線が何度も揺れているのに気づいた。言葉を選ぶように、何度も口を開きかけては閉じている。「何か他にも話がありそうだけど?」 ユウヤがやんわりと促すと、レニアは小さく息を吸い、勇気を振り絞るように口を開いた。「……はい。えっと……冒険者の方が話していたのを聞いたのですが……薬屋さんと、お聞きしたのですが……本当でしょうか?」「あ、うん。薬屋だよ」 ユウヤは、少し照れたように笑って答えた。それは、戦場でモンスターを一掃した“剣士”の顔ではなく、人を癒す“薬屋”としての、素朴な笑顔だった。「
驚いた顔をして、「何者なんだ」と聞かれたけど、(……俺は薬屋、だよな?) 王子って、職業なのか?いや、違うよな。肩書きだ。でも、それを名乗るのもなんか恥ずかしいし、そもそも信じてもらえないだろう。(他国の王子が、護衛も連れずにモンスターの出る場所に来るなんて、普通ないし……) だから、ユウヤは少しだけ困ったように笑って、答えた。「えっと……薬屋ですけど?」 その瞬間、「そんな薬屋がいるかよ!!」 冒険者の叫びが、森に響いた。ユウヤは、苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。(だよね~。やっぱ信じてもらえないかぁ) じゃあ、なんて答えればいいんだよ?王子?いや、それはもっと信じてもらえない。しかも他国の王子が、護衛も連れずにモンスターの巣に来るなんて、どう考えてもおかしい。(……薬屋って言っても、服がこれじゃ説得力ないしな) 冒険者たちの視線が、じりじりとこちらに集まってくる。俺の着ている、王族仕様の豪華な服。そして、六体のモンスターを一瞬で斬り伏せた異常な強さ。そのギャップが、彼らの脳を混乱させているのが、痛いほど伝わってきた。「……じゃあ、なんて言えば納得する?」 思わず、ぼそっと呟いた。誰かが、ぽつりと答える。「……“勇者”とか、“伝説の剣士”とか……?」「いや、それはそれで恥ずかしいな……」 ユウヤは頭をかきながら、ため息をついた。(肩書きって、難しい)「そう言われても、薬屋なんですけどね……」 ユウヤが肩をすくめてそう言うと、冒険者は戸惑いながらも頷いた。「そ、そうなのか……薬屋ね…&hel
ただの八つ当たりだった。誰にも見られていない、誰にも知られない、そんな“感情の処理”のつもりだった。 けれど、ふと頭をよぎる。(……あれ、仲間だったんじゃないのか?)(俺が倒したあいつらの“家族”とか、“群れ”とか――)(それで、怒って……復讐に来た?) 王都の外れに現れたという、人型モンスターの群れ。冒険者ギルドが緊急出動を要請するほどの規模。負傷者が続出し、街が混乱しているという報せ。(……俺が、引き金を引いた?)(……大量発生って聞いたけど) 現場に到着したユウヤは、眉をひそめた。森の開けた一角。そこには、確かに人型のモンスターがいた。――六体。(全然、大量じゃないし) てっきり、十体以上が暴れているのかと思っていた。王都が騒然となるほどの規模なら、それくらいは当然だと。だが、目の前にいるのは、たったの六体。その六体が、数人の冒険者たちと激しく交戦していた。剣戟の音、叫び声、飛び散る血――現場は、確かに“戦場”だった。 ユウヤは、交戦中の冒険者の一人に声をかけた。「えっと……モンスターって、これだけ?」 その言葉に、冒険者が振り返る。顔には、驚きと苛立ちが浮かんでいた。「『六体も』の間違いじゃないのか!?六体もいれば、十分に脅威だろ!」 その声には、怒りというより、“理解されないことへの焦り”が滲んでいた。ユウヤは、少しだけ目を丸くした。(……あ、そっか) 自分にとっては“六体”でも、普通の冒険者にとっては“六体も”なのか。その感覚のズレに、少しだけ申し訳なさを覚えた。「……それで全部で六体?他の
その穏やかな時間を破ったのは、王様のもとに駆け寄る使者の声だった。「陛下、冒険者ギルドより緊急の出動要請が届いております!」 その声に、場の空気が一変する。王様が使者から書状を受け取り、目を通すと、眉をひそめて静かに呟いた。「……人型のモンスターが、大量に現れた、か」 その言葉に、周囲の将軍たちがざわつく。そして、王様の視線が、まっすぐにユウヤへと向けられた。その眼差しには、問いかけも命令もなかった。ただ、静かな“信頼”があった。 ユウヤは、すっと立ち上がる。(……俺のワガママで兵士を練習相手に貸してもらったんだ)(だったら、今度は俺が返す番だ) ミリアが、不安そうにユウヤの袖を掴んだ。「ユウヤ様……行かれるのですか?」「ミリア、行ってくる」 ユウヤが立ち上がり、軽く手を振るように言うと、「ダメです。お休みください!ずっと戦い続けていますよ!」 ミリアが、すぐさまユウヤの腕を掴んだ。その手は小さくて華奢なのに、驚くほど強くて、何より、温かかった。青く透き通った瞳には、明らかに疲労を気遣う色が浮かんでいる。「いや……人型のモンスターが大量に現れてるんだよ?」「ですから、少しお休みください!」 ミリアの声が、少しだけ震えていた。それでも、ユウヤは苦笑して肩をすくめる。「まだ余裕あるしさ。俺は薬屋だよ?体力回復薬もあるし、ちゃんと使うから」 その言葉に、ミリアは唇を噛みしめた。言い返したいのに、言葉が出てこない。そして――「ううぅ……気を付けてくださいよぅ……!」 ミリアは、掴んだ腕をぎゅっと握りしめたまま、涙をこらえるように顔を伏せた。ユウヤは、そっとその手を包み込むように握り返す。「……分かった」
そして、視線の先には、三十人の兵士たちが、静かに木剣を構えて待っていた。「格好良いところ、見ててくれる?」 ユウヤが軽く笑ってそう言うと、ミリアは、ふるふると首を振った。「そのようなことをなさらなくても……ユウヤ様は、もう十分に格好良いですわ……」 その声は、かすかに震えていた。青く透き通った瞳が、うっすらと潤んでいる。それでも、ミリアはしっかりと頷いた。 その姿に、ユウヤは小さく息を吐いた。(……俺の、自己満足なんだけどね) けれど、彼女のその言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。 そして、視線を前に向ける。そこには、整然と並ぶ三十人の兵士たち。全員が木剣を構え、無言でユウヤを見据えていた。(うわぁ……実際に対峙すると、結構な迫力だな) 木剣の列が、まるで壁のように立ちはだかる。その圧力は、数の暴力そのものだった。だが、ユウヤは、静かに剣を構えた。その動きに、無駄は一切なかった。観客席が静まり返る。誰もが、息を呑んで見守っていた。 そして、試合が、始まった。 木剣を構えた三十人の兵士たちが、一斉にユウヤに向かって殺到する。その動きは、まるで訓練された獣の群れのようだった。だが、ユウヤは動かない。その静けさが、かえって周囲の緊張感を高めていく。 ――シュッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! 木剣が交錯する音が、運動場に鋭く響く。ユウヤは、地を蹴った。彼の身体が、一瞬で空へと舞い上がる。宙を舞い、降り注ぐ剣の雨を避けながら空中で一回転。その回転の勢いを利用し、木剣を水平に一閃させる。風を切り裂き、最初に飛び込んできた兵士の胴体を一撃で叩き伏せた。 着地と同時に、しなやかなバク宙。背後にいた兵士たちの死角に滑り込み、木剣の柄で脇腹を正確に打ち抜く。一撃。次の瞬間には、別の兵士の懐に入り、剣を弾き、足を払って倒す。その動きは、もはや剣術ではなかった。 まるで舞踏。 剣を振るうというより